【中東・バーレーン王国】アラブ石油時代の幕開け「第1号油井(First Oil Well)」

バーレーン

中東といえば、石油!

中東といえば誰しもが思いつくのがイスラム教、そして石油

現在では石油がもたらした莫大なオイルマネーによって潤う湾岸諸国。

カンドゥーラ(アラブの伝統的衣装)を着た石油王が高級車を乗り回しているイメージですが、実際は多くの国において石油は国営企業が管理しており、利益は政府(王族)に入ってきます。

そのため富が一極集中することはなく、石油王と呼ばれる人達は実際には存在していないのです。

ただし、王族などであれば公務員や石油会社に勤務することが多く、高い収入を得られるうえ税金がほとんどかからないため、お金持ちは多いと言えるでしょう。

なお、石油によって得られた利益は福祉や教育といった社会サービスに還元されたり、経済活動の発展に用いられます。このように、天然資源の利益を国が管理し国民に分配する方式をとっている国家を「レンティア国家」と呼びます。

湾岸諸国の多くがレンティア国家に該当します。

国民から徴収する税収をもとに、社会サービスの充実や経済の活性化につなげる一般的な国家とは異なっていますね。

かつて真珠採取業で栄えたバーレーン

今では想像がつきませんが、1900年代初頭まで、湾岸諸国の主要産業は天然真珠の採取業でした。

その中でもバーレーンで撮れる真珠は、特に質が高いと言われていたそうです。

北東部にあるムハッラク島に現存する真珠の採取・取引に関わった建造物群や、近海の真珠床は「真珠採り、島の経済を物語るもの(Pearling, testimony of an island economy)」という名称で世界遺産に登録されています。

真珠採取業の歴史は紀元前2千年にまで遡ると言われており、潜水夫が海中に潜り真珠貝を採取する原始的なものでした。

しかし1920年代に入ると、世界恐慌の影響や、日本が開発した養殖真珠の技術により、天然真珠の需要は激減。天然真珠産業は急速に衰退していきました。

石油の発見、真珠産業からの転換

衰退する真珠産業の中、1931年にバーレーンで石油が発見されました。これは湾岸諸国で初めてのことであり、1934年から輸出が開始されました。

なんと、初の輸出先となったのは日本であり、横浜港にバーレーンの石油タンカーが入ってきたそうです。

バーレーンでの石油発見をきっかけに、周辺国でも大規模な油田が続々と発見されます。

現在の湾岸諸国の繁栄は、バーレーンから始まったといっても過言ではありません。

今も残る第1号油井

バーレーン本島の真ん中あたりに、初めて石油が発見された油井(原油を採掘するための井戸)である「第1号油井(First Oil Well)」が現存しています。

首都マナーマからは30kmほどの場所にあり、辺りには国営企業「BAPCO」が管理する油田が広がっています。

もちろん油田は企業敷地内なので立入禁止ですが、第1号油井は自由に見学することが出来ます。

今回はレンタカーを借りてアクセスしました。

道路沿いにもパイプラインが敷かれています。

工業地帯などでも見かける、煙突から炎が出ている光景。

これは「フレアスタック」と呼ばれ、石油精製な過程で発生する有害ガスを処理するためのもの。

有害ガスをそのまま大気中に放出するのではなく、燃焼させることである程度無害化することが出来るそうです。

燃焼時の熱エネルギーを再利用できないものかと考えますが、技術的に莫大なコストがかかるため実施されていないようです。

2方向からワイヤで支持されているのが見えるでしょうか?
このワイヤ支持型のフレアスタックは砂漠地帯に多く存在し、安価で設置が可能とのこと。

アームのような機械は「ポンプジャック」と呼ばれる採掘装置で、上下に動いて原油をくみ上げます。

このような光景はなかなか見る機会がないので、とても貴重な経験でした。

油田地帯を走り続けると、目的地の第1号油井に到着しました。

これが第1号油井です。観光客は自分たち以外に誰もいませんでした。

現在は枯渇しており、この油井からの原油採掘は行われていません。

こちらは第1号油井に併設されている「石油博物館」。

ドアが開かないので困っていると、BAPCOの関係者の方?が今日は閉館日だと教えてくれました。残念!

一通り写真を撮ったりしたのち、次の目的地である「Tree of Life」へと向かいました。

湾岸諸国の石油の歴史が感じられる「第1号油井」。

メジャーな観光スポットではないようですが、一度行ってみる価値はあると思います。

アクセスはレンタカーか、タクシーをチャーターすることをお勧めします。

今回もご覧いただき、ありがとうございました。

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